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日本列島を覆う規模の巨大な森林地帯
パタゴニアという地名には「風と氷の大地」のイメージが先行するが、実は森が作り出す豊穣もまたパタゴニアの原風景だ。
日本の約3倍の面積のパタゴニア地方において、その約8割は「風」と「氷」が支配する荒野だ。しかし、アンデス山脈に沿う山地には豊かな森が広がっている。その森林地帯は南北約2000キロ近く繋がるので、日本を覆うほどの大きな森だ。
パタゴニアのシンボル:南極ブナ
この巨大な森林地帯で、大きな勢力を誇る木が「南極ブナ」だ。パタゴニアの南半分、南緯40度以南では、森の木の大半は南極ブナで占められている。落葉2種、常緑1種の3種から成る南極ブナは、過酷な環境にも対応している。
水が豊富な場所では樹高20mまで育ち、暴風の稜線ではハイマツのように低く育つ。
逞しくパタゴニアに適応する南極ブナは、パタゴニアのシンボルのような存在なのだ。
ふかふかの絨毯のような腐葉土と森の歴史
パタゴニアで最も美しい名峰フィッツロイ(3405m)は、天を突くように聳える。南極還流がもたらす湿った暴風はフィッツロイに当たることで、複雑な気象条件が生み出されている。ときに人が飛ばされるほどの暴風が吹き荒れるフィッツロイ山麓において、南極ブナの森は防風の避難所となる。
数千年、数万年という時をかけて、南極ブナの木は、暴風に耐えて小さな群落を作り、そして巨大な森を形成した。森を歩けば、地面はふかふかの絨毯の上にいるようだ。長い年月に渡り、「倒木更新」を繰り返し、無限ともいえる世代交代を重ねる。息絶えた倒木は、次の世代の養分となり、キツツキには樹皮の下に潜む小さな餌を提供する。
森そのものが一つの生命のように息づき、生と死の境が曖昧だ。全と個は別々ではなく、一つなのだ。
個に偏り欲望が底知れないヒトと異なり、森に生きる命は全体の中の一部をまっとうしているように見えた。
南極ブナの最期の時
南極ブナの森は、多くの生命の防風の避難所を提供しているが、樹冠を成す南極ブナの木々は、常に強風に当り、風とのせめぎ合いを続けている。風速40mを超す風が常に吹き荒れるパタゴニアでは、木に与えるインパクトはとても大きい。
樹高20mくらいの巨木の寿命はだいたい100年前後と言われている。南極ブナの木々の最期は、風による倒木だ。ギシギシと音を立てながらも風をいなすように長年しなり続けた木は、ある日、大きな音を立てて倒木する。
暴風が木の寿命を縮めているわけだが、その分、生命の更新もまた早いということだ。幾世代もの木の亡骸は、豊かな腐葉土を形成して、南極ブナに繁栄の養分をもたらしているのだ。
南極に由来する厳しい自然環境のパタゴニアに、巨大な森林地帯を作り出した生命の連鎖は、人智を越えてダイナミックで豊穣そのものだ。