秋のパタゴニアの森には、静けさがある。
それは日本の山の秋と同じで、紅葉が進むにつれて深化する静けさなのでしょう。
氷河から吹き下りて来る風はいっそう冷たく、木の葉の散る森は風通しが良く、寒色はより強くなり、落葉する森にある独特の静けさを演出するのかもしれません。
人気がなくなり静まったフィッツロイ山麓の森は、私が一番好きな場所でもあります。
日本の秋を歌った高浜虚子の俳句「一枚の 紅葉かつ散る 静かさよ」という感慨を、地球の裏のパタゴニアで同じように感じることができるのは、少し不思議な気持ちです。
暴風から生き物を守ってくれる南極ブナの森には、倒木がいたるところにあります。
南極ブナは暴風に耐えながら、姿形を変えて暴風をいなす様にたくみに生き延びていますが、その寿命の最後もまた暴風により幕を閉じることになります。
森はその暴風により倒された南極ブナを栄養として、暴風に順応して生き残っています。
ふかふかな土壌は、気の遠くなるような世代の倒木の積み重ねで成り立つ、森の一つの貴重な財産です。
風の強い日に森を歩けば、木がきしむ音はたくさん聞こえてきます。
倒木の跡には空間ができて、強風に流される雲間から陽が差すと、スポットライトのように倒木が照らされます。
その空間に引き寄せられるように、マゼラン・キツツキが倒木をつついていたり、ハヤブサのカランチョのオスが求愛のポーズを取っていたり。
森の住民にとっても、特別なランドマークとなるようです。