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風景写真家・松井章のブログ

新大陸の富の行方②:スペインからヨーロッパへ

スペインの黄金世紀の終焉

スペインの凋落を象徴する戦争が、1588年の「アルマダの海戦」です。当時、無敵艦隊と呼ばれていたスペインの主力艦隊がイングランド海軍に敗北した事件は、世界史の転換点となる一大事だったと言えるでしょう。

後の「イギリス帝国」の前身を率いたのはエリザベス1世でした。海洋国家を目指し、まず海賊を雇い、政府公認でスペインや中南米の沿岸を荒らしました。有名なフランシス・ドレーク船長は海賊上がりで貴族となり、略奪で得た莫大な富はイギリスを潤しました。このアルマダの海戦でもドレーク船長は指揮を執り活躍しました。

アルマダの海戦の敗北を経て、いよいよ17世紀になると、スペインの覇権には明らかな陰りが見え始めます。

一つのヨーロッパという向心力


ヨーロッパの歴史で難しいのは、複雑な婚姻関係です。
中南米の富がスペインへ流れ、そしてその富の多くがヨーロッパ全域に流出した理由には、王家の婚姻も大きく関係しているようです。
安全保障で進められた複雑な絆は、王位継承とともにも富や権益が流出することにもなりました。皮肉なことに、スペインの繁栄は、相対的にヨーロッパ全体をも豊かにしたのです。

キリスト教を共通の拠り所とした「一つのヨーロッパ」というEUの理念の原型は、古くはローマ帝国の時代から人々に少しずつ醸成されていたのでしょう。ルネッサンス以前の中世の時代には、カトリック系のヨーロッパ諸国が十字軍を組織して、遠征を幾度も行っていたことからも分かります。複雑な姻戚関係もまた、ヨーロッパのそのような向心力を強固なものにしていたように見えます。

他方、遠心力もあることから、絶えずヨーロッパでは争いも起こっています。
現在のEUも本来の理念により崇高にまとまったかに見えますが、各国の思惑は異なることから一筋縄で行かない現状に、ヨーロッパの両面の本質がかいま見えるような気がします。

神聖ローマ帝国皇帝「カルロス1世」の誕生


スペインを連合国としてまとめイスラム教徒からイベリア半島を奪回し、コロンブスに投資をして新大陸発見(1492年)をさせたのは、カスティージャ王のイサベル女王とアラゴン王のフェルナンド王の「カトリック両王」が共同統治した時代でした。
フェルナンド王は、ヨーロッパでの王室間の婚姻を積極的に進めます。長女をポルトガルに嫁がせ、次女はドイツを中心に栄えたハプスブルグ家に嫁がせました。

このハプスブルグ家に嫁いだ次女フアナの息子がカール5世です。
カール5世は、ドイツをはじめ、フランスの一部やベルギーやオランダなど「ネーデルラント」を父から家督として継ぎ、「神聖ローマ帝国」の皇帝となります。そして、母のフアナからスペイン王を(在位:1516~1556年)も継ぐことになりました。

カール5世は、スペインを統治するためにスペインでは「カルロス1世」と名乗りました。生まれも育ちもネーデルラント周辺(オランダ・ベルキー・フランス北部など)であるカルロス1世(カール5世)にとってスペインは馴染みのない土地ですが、新大陸の富を吸収するためにとても重要でした。こうして、新大陸の富の多くは、スペインを素通りしてハプスブルグ家に流出していきます。

カルロス1世の本拠地はあくまで神聖ローマ帝国のハプスブルグ家でしたので、スペイン最盛期の時代、その実権はすでに外国であるドイツに移ってしまっていたのです。

※神聖ローマ帝国とは
 神聖ローマ帝国は、現在のドイツ周辺で9世紀頃に成立しました。ヨーロッパの人々にとって、紀元前500年頃から900年近く栄えた古代の「ローマ帝国」は圧倒的な存在です。「神聖ローマ帝国」はその古代のローマ帝国の後継者を自称することで生まれましたが、古代ローマ帝国とは関係はなく、権威の象徴として「ローマ」を名乗ったようです。

スペイン継承戦争とスペインの没落


神聖ローマ帝国のカルロス1世(カール5世)がスペイン王家を継いで以来、スペインの王家はスペイン・ハプスブルグ家となりました。それから約1世紀半ほど後の17世紀後半に、スペイン・ハプスブルグ家の王・カルロス2世(在位:1665~1700年)を持って王家が断絶する危機に直面していました。

オーストリア・ハプスブルグ家をはじめ、フランス・ブルボン家やスペイン・ハプスブルグ家が、スペイン王室の継承に手を挙げたのを皮切りに、継承問題は戦争へと発展します。これはヨーロッパ全体を巻き込む大きな戦争となりました。

そして、複雑な同盟関係の中で、かつてアルマダの海戦で勝者となったイギリスが頭角を現してきます。1713年のユトレヒト条約では、スペイン南端部のジブラルタルの権益を半永久的にスペインから奪取することにも成功しました。
スペイン王室はブルボン家に継がれ、緩やかな衰退が続くなかで、中南米の各植民地にも動揺が生まれ、いよいよ各国が独立する時代へと向かいます。中南米から富を吸い上げる300年もの歴史がようやく終わろうとしていました。

パラダイムは突然変わる


新大陸の発見に始まる「ヨーロッパの隆盛」は、300年に及ぶ「中南米の苦難」の歴史と対になっています。
スペインという未知の軍事力を前に圧倒されたアステカやインカ、そして無数の部族の社会は、隷属という厳しい300年を過ごすことになりました。

19世紀前半の独立戦争を契機に中南米各国が独立国として新生して以来、先住民の人々の文化やアイデンティティは今もまだ長い年月をかけた復興の途上であるといえるでしょう。
数百年も続いた植民地支配はすでに社会システムの一部となっているので、中南米における権益の一部は今もスペインに属するのが現実です。

社会全体の価値観が劇的に変化する「パラダイム・シフト」は、とつぜん外圧によって起こることがあるのを、中南米の歴史は物語っています

そして、中南米から収奪された銀という富は、レアル銀貨という国際通貨を生み出し、変化の波は、スペインからヨーロッパ、さらにアジアに波及しました。
また、大航海時代に始まるスペインやポルトガルの世界進出はヨーロッパ全体に富をもたらしただけではなく、イギリスやフランス、ドイツ、オランダに引き継がれて、植民地支配と連動しながら資本主義も確立、近代では列強として世界に君臨することになりました。

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