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写真展「ボリビアを知ろう」の予備知識
8月5日~19日に開催する写真展「ボリビアを知ろう ~古代から受け継ぐ神秘の高原 “アルティプラーノ”~」は、ボリビア独立記念日の特別イベントです。
ボリビア大使館と写真家・松井章が、スペイン政府の文化施設セルバンテス東京で開催する写真展です。
ボリビアといえば、最近はウユニ塩湖で有名となりましたが、ボリビアがどのような国かはあまり知られていないのではと思います。
日本から見れば地球の裏側にある「ボリビア」がどんな国か紹介します。
ボリビアの地理
ボリビアは、南米大陸のほぼ中央部に位置します。
国土の3割がアンデス山脈、6割がアマゾン、そして1割がアンデスとアマゾンの中間地帯(バジェ=valle)となります。
標高5000mを超えるアンデス山脈と標高数百mのアマゾンがすぐ隣り合わせにありますので、アンデスから飛行機で30分も飛べば、アマゾンに行くことができます。アンデスとアマゾン、2つの対局的な気候で成り立つのがボリビアです。
アルティプラーノとは
写真展でのテーマは「アルティプラーノ」です。アルティプラーノとは、アンデス山脈の中の高原台地を指します。
南米大陸を南北に縦断する長大なアンデス山脈を細かく見ると、ボリビアでは2列に分かれています。
西アンデス山脈と東アンデス山脈という2つの山脈です。この2つの山脈の間にある高原台地をアルティプラーノと呼び、南北約600kmに及びます。
チチカカ湖
北端はチチカカ湖です。「汽船が航行する湖」としては世界最高所にある湖で標高3700mにあります。湖の横には東アンデス山脈の支脈(レアル山群)があり、豊富な水資源が古代から文明をいくつも養ってきました。
●レアル山群→
10世紀以降に栄えたインカ文明の原型となる古代文明もまた、チチカカ湖沿岸で生まれており、紀元前1000年頃にまで遡ります。
ここに暮らしたケチュア族とアイマラ族は、ボリビアで多数を占める先住民族です。
インカ文明の時代には、チチカカ湖は「インカ発祥」の地として聖地となります。
スペインによる滅亡後には、キリスト教の荘厳な寺院が築かれて、やはり聖地として巡礼の対象となります。
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高原都市・ラパス
チチカカ湖の近くには、大都市ラパスがあります。憲法上の首都ではないのですが、行政・立法府がある事実上の首都です。
この都市は東アンデス山脈の盆地に広がる町で中心部の標高3600mです。年々増加する人口とともに、都市は盆地の斜面からも溢れて、4000mの高原台地(アルティプラーノ)にまで衛星都市(エル・アルト)を作り拡大を続けています。
ラパスの人口はエル・アルトを含めれば160万人以上となります。
これほどの数の人が、富士山の山頂よりも高い所に都市を築いているのが驚きです。
ラパスから南へは、約600kmは荒涼とした草原が広がります。私たちから見れば、荒涼として見えるのですが、この大地には住む人々にとっては、母なる大地、であるはずです。
アルパカやリャマとともに、キヌアやジャガイモを栽培して暮らしています。
ウユニ塩湖
アルティプラーノの大高原に、ウユニ塩湖があります。
ウユニ塩湖といえば、雨季が有名ですが、乾季の真っ白な塩原もまた美しいです。
ボリビア高原
さらに南に行くと、人口が極めて少ないボリビア高原(シロリ砂漠やエドゥアルド・アバロア自然保護区)です。
標高はさらに高く4500mを超え、月面世界のようにも見える風景がどこまでも広がります。
鉱物でカラフルな湖にはフラミンゴが生息し、野生の希少なラクダ「ビクーニャ」の楽園でもあります。
ボリビアの膨大な地下資源
ボリビアは、資源大国です。
かつてスペイン支配された時代、16世紀には大量の銀が採掘されました。この銀は根こそぎスペインへ輸出されました。
この富を背景に、ヨーロッパが世界史の中心になっていくことになりました。
現在でもボリビアでは、銀を始め、亜鉛や天然ガスが世界に輸出されています。
近年はレアメタルも注目されています。ウユニ塩湖には、リチウムが採掘されていて、その埋蔵量は世界一といわれます。
日本も多くの地下資源をボリビアから輸入しています。
日系移民が築いた信頼と、今後の日本との重要な関係
南米の各国には日系人のコミュニティがあります。明治時代に始まる移民事業は第二次大戦後まで続き、南米大陸にも多くの日本人が移住しました。
多くがペルーとブラジルですが、ボリビアにも移住した人々がいます。
アマゾンに近い低地で、「コロニア・オキナワ」や「サン・フアン移住地」など、苦難の末にボリビアに根を張りました。
南米における親日には、少なからず日系人が地道に築いた信頼という礎があるからではと思っています。
世界が分断される現在、今後の日本の発展には、南米各国、そしてボリビアとの関係性は非常に重要になって来るでしょう。