広大な草原を、どこまでも歩く。視界の大部分を占める大空。
そんな体験は、アルゼンチン・パタゴニアの『エスタンシア(牧場)』に宿泊することの特典の一つと言えるでしょう。
草原をどこまで歩いても誰も干渉しないし、もちろん戻って来れる。何でもない体験のようですが、いつまでも忘れない不思議な思い出になる。それは、ある何でもない日にふと思い出すような類の思い出ですが、生き方にじっくりと影響を与えるような体験なのではと思います。
風が止めば、耳が痛くなるほどの静寂がそこにあります。
思う存分に風と空を感じたいのなら、エスタンシアに宿泊するのがお勧めです。草原の高台で昼寝をして、遠くにアンデスを望む。
これほどの幸せがあるでしょうか。
パタゴニアに着いて、まず一番最初に感じる事、それは空の大きさです。
私にとって、パタゴニアの空の大きさは、人生を変えるほどのインパクトでした。
約20年前に初めてパタゴニアを訪れた時、それは初めての海外旅行でもありました。初日の夜にブエノスアイレスに着き、翌日から長距離バスで約30時間ほどかけて、南部パタゴニアの大西洋岸リオ・ガジェゴスを目指しました。朝、到着したリオ・ガジェゴスから、内陸のカラファテへ向かうバスで驚いたのは、空の大きさです。徐々に上がる標高で寒さは少し増していき、真夏であるにも関わらず道路脇に積もる雪と、そこに広がるとてつもなく大きな空を、今でもはっきりと覚えています。
ブエノスアイレスから南下してすぐに空は大きくなるのですが、パタゴニアの空とは何かが違う。
これは思い込みもありますが、リオ・ネグロ以南のパタゴニア地方に入ると、空と草原の様相が変わるように感じます。長距離バスでの二晩目には、パタゴニアに入っていましたが、当時のバスはとても古くて狭くて景色を楽しむ余裕はあまりありませんでした。その分、人との触れあいは、今のバスよりもあったのかもしれません。景色を楽しむ余裕がなかったのは、乗客に話しかけられている時間が多かったので、景色に浸ることができなかったのでしょう。
現在の大発展したパタゴニアから考えると、あれはパタゴニアの最後の牧歌的な時代であった気もします。
インフラが整ったことは、旅行がしやすくなったという事です。当時、土埃を巻き上げた悪路は舗装されて交通機関が整い、宿泊施設も増えました。
でも、変化といえば、それだけです。人の営みの規模こそ大きくなりましたが、パタゴニアの自然を圧倒することはできません。おそらく百年経っても、パタゴニアはパタゴニアらしく辺境で存在し続けることでしょう。
当時と同じく、大きな空や草原がある。
アンデスを遠くに望みながら、大草原を当てもなく歩いてみる。
パタゴニアでの至高の幸せの一つです。