「EZLN!、EZLN!、EZLN!」数万人が集まる異様な熱気の中、群衆は声を上げる。壇上に、マルコス副司令官が現れるのを待っているのだ。
2001年2月、私はメキシコ、チアパス州のサン・クリストバル・デ・ラス・カサスにいた。メキシコ南部の先住民が多く居住する地域で、スペイン植民地時代の建物が今も残る古い町だ。その日は、やけに町が騒がしかった。中央広場に集まる人に何があるのか尋ねると、「マルコスが来る」と教えてくれた。近くの露店のTシャツを見ると、目出し帽をかぶる戦士の絵の下に「マルコス」と書かれている。その時やっとゲリラの親分が来ることがわかった。さすがルチャ・リブレの国だ、ゲリラも覆面で売り込むのか、と感心したものだ。改めて広場に行くと、スペイン国営放送などテレビ局のカメラマンがずらりと並び撮影の準備を始めていた。
マルコス副司令官を中心としたサパティスタ民族解放軍(EZLN)は、1994年1月1日チアパス州で蜂起した。チアパス州は豊かな資源を有する地域であるが、そこに住むインディオ達は存在を無視されたような環境で生きていた。メキシコ革命以来、国を運営するのはメスティーソ(混血)であり、彼らはまさに無視されたのである。生活は過酷で、教育も満足に受けられない。500年に渡る屈辱の歴史を経て、インディオの運命を代弁する形でEZLNは蜂起した、「Ya basta!!(もうたくさんだ)」と。その日は、北米自由貿易協定(NAFTA)が発効された日であった。
「真の司令官、それは人民である」と言い、マルコス自身は副司令官である。謎の多い人物で、非先住民で哲学の教師であったらしい。EZLNのシンボルである目出し帽、それを考えたのは彼である。それまで見えない存在であったインディオを、顔の見えない目出し帽で見えるようにする、という逆転の発想だ。
彼らの目的は、独立ではない。すでに伝統的なゲリラの時代が終わったことも理解している。あくまで目指すのは、メキシコの一部としての先住民の権利と文化の承認である。それを達成できれば、EZLNは解体される。彼らは、EZLNを革命運動ではなく社会変革を要求する反乱運動と位置付けているのだ。「EZLNは厳密に定義されたイデオロギーをもたない蜂起運動です。それは、マルクス=レーニン主義や社会的共産主義やカストロ主義やゲバラ主義などといった古典的な政治的ケースのいずれとも合致しません。革命運動も、また革命派も、結局のところ恣意的な運動だとわれわれは考えています。武装運動がなすべきことは、自由の欠如、民主主義の不足、正義の不在を提起することであり、それを成し遂げた後には消滅することです。」
グローバリゼーションは、技術革新による当然の結果であり、人類の新しい秩序の前段階としても不可避なものである。しかし、新自由主義経済と同義化したグローバリゼーションには、彼は90年代から異を唱えている。冷戦後に始まったグローバリゼーションで主役となるのは、ボーダレスで迫る「金融」というパワーであるからだ。彼は厳しく批判する、「グローバリゼーションの理想は、世界を一つの大企業に変えてしまい、この大企業をIMF、世界銀行、OECD、WTO、アメリカ合衆国大統領から成る取締役会によって管理することです。」それは、インディオの社会をさらに片隅に追いやることになる。
EZLNのメンバーは、目出し帽をかぶり中央広場に現れた。マルコスは端にいるが、それがオーラなのか、すぐに誰がマルコスであるかわかった。群衆の熱気は頂点に上った。この日から、EZLNによるメキシコ・シティへの3000キロの行進が始まった。先住民問題解決への政府の軟化に応える形で始めたのだ。EZLNはメキシコを揺るがす大きなうねりとなっていた。
まだマルコスが行進の途上であった時、私は日本に帰国した。新聞では連日EZLNの行進が記事として出た。行進に車が突っ込んだという物騒な内容もあり、暗殺の危険もあっただろう。無事メキシコ・シティに到着したEZLNは、中央広場を埋め尽くす人々に英雄的な演説をする。しかし、結局は先住民問題の解決には至らず、「われわれは出発するが、何の成果も得られなかった」と宣言して、チアパスに戻ることになる。
マルコスは主張する。「グローバリゼーションに抵抗する運動はかみそりの刃先の上をたどるように非常に不安定な形でゆっくりと進んでいます。・・・・なすべきことは次のようにすることによってかみそりの刃先を広げることです。すなわち、グローバリゼーションとその一切の蛮行を支持するのかそれとも民族主義的、宗教的な原理主義とそのいっさいの暴力を支持するのかという形で2つの極端な道だけが唯一の選択肢として提起されるのを阻止して、グローバリゼーションに対する世界の進歩的な運動の前進を可能にするような場所を切り開くことが必要なのです。」
参考文献:(括弧内は本からマル写し)
「マルコス ここは世界の片隅なのか」現代企画社