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羊の国「パタゴニア」
アルゼンチン・チリ両国に広がるパタゴニアの大草原には、人よりも多くの羊がいます。
わずか百数十年で激増した羊は、パタゴニアに生えるコイロン草を好物とします。そして良質な羊毛を産出することから、20世紀初頭に牧羊が爆発的に発展しました。
このコイロン草を食べる羊は、世界で最も美味しい羊肉のカギとなるようです。
この「コイロン草」はイネ科の植物です。植生の似たニュージーランドでは、“タソック”と呼ばれる草が近縁になるでしょう。かつて南極を中心にパタゴニアとニュージーランドは繋がっていて、今も同じような緯度なので、非常に植生が似ているのです。ニュージーランドの羊もまた美味として有名です。
アルゼンチン名物「アサード」とは
アサードは、アルゼンチンのブエノスアイレス周辺から始まった焼肉です。アルゼンチンでは“食”といえば、「牛肉(カルネ)」です。アルゼンチン人は肉への情熱がとてつもなく熱く、「アサード」と呼ばれるオリジナルな焼き肉を生み出しました。
粗塩を中心としたシンプルな味付けで、時間をかけて焼くスタイルは和牛とはそもそも異なります。
「アサード」は大きな鉄網で豪快に焼くバーベキューですが、味付けは粗野ではなく、シンプルでも奥深い味です。
これはアルゼンチン人の肉への「愛」の現れと考えています。
肉を前にしたアルゼンチン諸氏の眼差しは確信に満ちていて、一様に肉の造詣が深いです。
アルゼンチンの肉文化を称賛していると、この想いは地元の人々に伝わるので、私には特別待遇でベストなステーキが無造作に渡されるものです。そんなとき彼らはさりげなく無言で、少しむっつりと厳かに持ってきます。
お肉を給仕した「彼」、そして肉を焼いていた「彼」は、私が感嘆の声を上げてもりもり食べるのを少し上から目線で望み、目の奥に小さな笑みを浮かべながら、うなづくものです。
しかし悲しいことは、彼らが思うほどに日本人の胃は大きくないので満腹になるのは早く、「それで終わりか?」と言われてしまうことでしょう。
パタゴニア名物「羊のアサード」
パタゴニア名物といえば、羊の焼肉「アサード」です。パタゴニアの草原は環境が過酷なことから牛は少なく、羊のアサードが発展しました。
1歳未満の子羊の肉が好まれ、なおかつ大牧場(エスタンシア)からの直送で新鮮なことが、美食の秘訣です。首都ブエノスアイレスでも羊は食べられますが、冷凍でパタゴニアから輸送されるので、やはりパタゴニアで食べるアサードには敵いません。
このため、羊のアサード(バーベキュー)を食べるには、パタゴニアに行って食べるしかないのです。
そして、“世界一”という枕詞を公言してはばからないほどに、パタゴニアの羊肉は美味しいのです。
日本では羊肉は“マトン”と呼ばれ、独特な臭いがすると地位は低いものです。そのイメージでパタゴニアでも羊を避けてしまう人もいます。
日本の“マトン”という固定概念を捨てて食べてみれば、今まで食べていた肉がなんであったのか思うほどに、感動することでしょう。
全ての肉の頂点が「パタゴニアの羊」に書き換えられるかもしれません。パタゴニアのラム肉「羊のアサード」は、美食に域に到達しているのです
子羊の丸焼き「パリーシャ」
パタゴニアでは、子羊をまるまる串刺しにして数時間かけて焼きます。この「パリーシャ」と呼ばれるスタイルが贅沢な食事の代名詞として好まれます。この10年ほどで、世界中の人がこの羊のパリーシャに注目しているので、パタゴニアの町には多くの「パリーシャ専門店」があります。 ※パリジャーダということもあります。
大きな羊のお肉でも一番おいしい箇所は僅かですので、黙っていても美味しい部分はなかなか分けてくれません。
いかにパタゴニアの羊肉が偉大であるかを短く声高に話すと、奥で耳をひそめていたシェフはおもむろに、ベストなお肉を切り取ってくれるでしょう。