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亜南極の樹木「南極ブナ」
南部パタゴニアでは、森の木の大半が「南極ブナ」だ。
南極還流の影響を大きく受ける南部パタゴニアの気候は苛烈で、全てが偏西風に支配されている。
人の暮らしはもとより、森の生態もまた風の影響下に長く進化を続けてきた。
その厳しい環境に見事に適応したのが「南極ブナ」なのだろう。南部パタゴニアで最も繁栄している植物とも言える。
日本のブナと同じブナ目として近縁ではあるが、別系統の植物として葉や幹も日本で見るブナとは大きく異なる。かつて南極、ニュージーランド、オーストラリア、南米パタゴニアが地続きであった時代に、この南極ブナの起源がある。なぜ「南極ブナ」と呼ばれるかを理解できるだろう。その時代の南極は冷却されていなかったので森さえもあったのだ。
現在の南極には化石しかないが、ニュージーランド、オーストラリア、南米パタゴニアでは今も南極ブナが生えている。
「南極ブナ」の逞しさは、その順応力にある。地形的に風が吹き荒れる場所では、ハイマツのように大地に張り付き育つ。風が吹きにくい谷の底では、南極ブナは高さ20mほどの森となり身を寄せ合い、風から身を守る。
乾燥した場所には「落葉」の南極ブナが育ち、陽が陰りやすく湿地のような場所では「照葉」の南極ブナが育つ。環境に合わせて、姿も変えて適応する柔軟さが、南極ブナの強さなのだ。
原生林を歩いていると、強風に木々がきしむ音が聴こえてくる。パタゴニアで暴風が吹き荒れるとき、上空からはまるでジェット機が通過するときのような轟音が何時間も轟くことがある。このような日にキャンプでしていると、森に守られていることを実感するものだ。
この強風に絶えず打たれる南極ブナは、いずれは風に倒されて最後を迎える。約100年と言われる寿命は、風に倒されることを踏まえているのだ。
森の中を歩くと、地面がふかふかで弾力性もあることに驚く。風に倒された木は腐葉土となり、次の木の苗床となる。風による倒木は豊富な腐葉土を提供することであり、パタゴニアの森では「暴風」は既に生態の仕組みの中に織り込み済だ。
エルチャルテン村近郊のフィッツロイ山麓の森では、南極ブナの原生林が広がる。
岩峰群の見事な展望を楽しみながらも、南極ブナの森の静かな息遣いもしっかりと感じたいものだ。