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風景写真家・松井章のブログ

“地中海の真珠”マヨルカ島:パルマ大聖堂の壮大な建築と歴史

“地中海の真珠”マヨルカ島の歴史

スペインの東部、バルセロナとバレンシア沿岸にあるのがバレアレス諸島のマヨルカ島です。沖縄本島の3倍の面積のマヨルカ島には、美しいビーチ、壮大な山脈、中世の歴史が詰まる旧市街など、地中海と欧州本土の魅力が混在しています。

イタリア、フランス、北アフリカにも近いその立地により、古来から多くの民族が往来する土地でした。紀元前6000年から紀元前1000年の先史時代を経て、初めて定住したのは紀元前8世紀のフェニキア人でした。
その後、ローマ帝国による長い支配が始まり、今日のマヨルカ島の基礎を築きました。ローマ人は都市、道路、水道の他に、オリーブ畑やブドウの栽培、岩塩の採掘を始め、これらは今のマヨルカ島の産業の基盤ともいえるでしょう。

その後、ローマ帝国の崩壊から「中世」の時代が始まるます。ビザンチン帝国、イスラム王朝、十字軍によるカトリック王国など、何度も王朝や支配権は交代しました。

その後、1229年にスペインのアラゴン王国がマヨルカ島を征服してから、現代までスペインにより統治されています。アラゴン王国はバルセロナを擁するカタルーニャと連合王国を形成して巨大化しました。そのアラゴン王国の支配が長く続いたことにより、マヨルカ島のスペイン語にはカタルーニャ語が大きく影響しています。

マヨルカ島は、スペイン語の地域により発音は異なり、「マジョルカ島」、「マリョルカ島」とも呼ばれます。

マヨルカ島の都:パルマ


地中海の沿岸のパルマは、バレアレス諸島の州都です。人口40万人の都市はスペインで8番目に大きいですが、離島にあるためか、スペイン本土の大都市に比べると治安は良く、温暖な気候によるものか人々は温和でのんびりしています。
春から秋にかけてヨーロッパ人が訪れることから、リゾートとして大変有名です。ぐるりと地中海に囲まれた沿岸の多くはリアス式海海岸で、小さなプライベートビーチが無数にあり、マヨルカ島が“地中海の真珠”と呼ばれる所以でしょう。

とはいえ、沖縄本島の3倍の島にはビーチ以外にも多くの魅力があります。地中海を望むハイキング、高原を歩く山岳トレッキング、周辺の村の中世の街並みの散策など、マヨルカ島には様々な魅力があるのです。

パルマ大聖堂(カテドラル)とは


キリスト教国では大聖堂が常に都市の中心地にある通りに、パルマ大聖堂もパルマの中心部です。数千年の間に無数の民族が往来したパルマは軍事的な要衝であり、パルマ旧市街も分厚い城郭に覆われています。その地中海側であたかも海からの訪問者を威圧するかのように海岸側に巨大な鐘楼を構えています。
鐘楼の高さは44mに及び、フランス・パリのノートルダム大聖堂(33m)よりも高いです。

中世の時代、カトリックと軍事は一体であり、このパルマ大聖堂もまたマヨルカ島の支配権を高らかに宣言するために作られたのでしょう。

この時代、世界で最も豊かな文明圏は「イスラム教徒(アラビア)」でしたが、本来は他宗教に寛容であった時代(イスラム王朝によるスペインの緩やかな支配など)を経て、十字軍との抗争・対立へと変化して今日に続きます。

大聖堂400年の建築に見る世界観:「石の文化=ヨーロッパ」と「木の文化=日本」


パルマ大聖堂は1230年まで支配していたイスラム王朝のモスクが原型です。イスラム教徒の信仰の対象であるモスクを倒し、その上に大聖堂を作ることは、カトリック教徒による支配の高らかな宣言であったのです。
モスクが土台にあるために、大聖堂はカトリックの聖地エルサレムを向くのではなく、イスラム教の聖地メッカを向いています。

1230年にスペイン人により建築が開始されたパルマ大聖堂は、約400年かけて1601年に完成します。

石の建築物で成り立つヨーロッパの「石の文化」とは、恒久的に残る建築物に世代を超えた情熱と執着で取り組みます。基本的にいずれ朽ちていく木造建築の日本は「木の文化」であり、ヨーロッパ人ほどには長い時間軸で世界を見てはいないでしょう。

「木の文化」とは、縄文時代から続く日本人の根底を形造る価値観であり、縄文を継承する神道は「神様に逆らわず自然と同化する」ために敢えて「木」を尊びました。
その後の仏教伝来とともに仏教思想とも融合して、木造とは「諸行無常」の体現であり、その儚さに「美」を見出したのが日本文化です。それは「刹那」や「無常」という仏教思想と深く一体に完成されたのです。
「木の文化」思想の根本は、自然や世界と共生するのがコンセプトであり、とても“多神教的”です。

対して、「石の文化」は自然を論理と理性で支配する“一神教的”な考えと言えるでしょう。そのために、カテドラルの鐘楼は天を衝くように聳える必要があったのです。

中世という一つの闇の時代に、世界に一筋の光を理性でもたらしたヨーロッパのキリスト教国は、その後ルネサンスを経て世界を席捲して、世界は近代・現代に向かうことになるのです。

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